コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] ナイト・オブ・ザ・リビングデッド ゾンビの誕生(1968/米)

作り手は政治的な映画とはしていないようだが、都市伝説がその時代の人々の潜在的欲望と恐怖、罪悪感のインデックスである(押井守)ように、優れたホラーやSFもまた、意識的であるか無意識であるかに関わらず、時代と無縁ではいられない。歴史や道徳(!)の授業で、今こそ観るべき映画とすら感じる。「非常事態」のドサクサに、人間は何でもするのだ。「気が付いたら正座させられていた」娯楽映画の模範。
DSCH

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ラストの、地元の白人保安官らによる生存者(アフリカ系主人公)の射殺は、誤認とは思えない。リビングデッドには銃器を使う知性がないのは分かっており、警戒してライフルを構える主人公をリビングデッドとして射殺しようとはしないはずだ。公民権運動の高まりと歪みが、「既得権益」を脅かされる保守系白人の憎悪や恐怖を増していた時代である。ラストの顛末から受けるショックの由来は人によって様々だろうが、ここにはもう一つ、今や類型化され粗製濫造される数多のゾンビ映画とは異質の「恐怖」がごろりと投げ出されている。すなわち、「マジョリティによる非常事態」に紛れた排除、虐殺である。ここには二つの「非常事態」が並立しているのだ。

この観点で見返すと、アフリカ系アメリカ人が、リビングデッドの群れも含めて、主人公の他に一人も登場しないことに気付かされる。これは意図されたものだろう。無知性でのろのろと肉を貪るリビングデッドと、ただ怯えるだけではなく主人公に蔑みの目を向けるハリー、いかにも田舎マッチョな白人保安官らは無知性という点で等価なものとして捉えられている。ハリーの一家と潜伏していた若年カップルの、特に男性の方は主人公に協力的で、この映画の数少ない良心と言えるだろうが、結果的には「無知性の大群」に取り囲まれて命を落とす。この間に、幼いハリーの娘もまた、その未来を断たれてしまう。印象的なのは、リビングデッドの群れの目撃者の証言「特に変わった様子はなかった」「普通に見えた」という台詞である。これ、無知性の夢遊状態で未来を奪っている人々への警告のように思えてならないのだ。

端的にこの映画は人間の醜さを扱っていると誰でも理解できると思うのだが、「リビングデッド」はやはり様々なテーマを想起させる優れたモチーフだ。「共食いし、増殖する無知性の、生きている死者、もしくは死んだように生きる生者の大群」。オープニング早々に墓にかかった星条旗が映し出される。大変な皮肉ではないか。このままではこの国に未来はないと言っているようだ。主人公の死は、恐らく氷山の一角なのだ。近年の警官によるアフリカ系アメリカ人の射殺事件と反動が想起される。今、この日本でリビングデッド映画を撮ったらどうなるだろうか。そんなことを考えずにはいられない。

ところで、「金星から帰還した宇宙船がもたらした放射能」が云々ということが事態の発端とされるのだが、いかにも眉唾な説明である。核抑止とか冷戦も時代背景にしているとすれば何かのカバーストーリーのようにも思える。それはそれとして、Qアノンとか陰謀論のSNS時代にこういう映画を撮れば、またそれはそれで面白いだろうなあと思う。「都市伝説は恐怖を癒すと同時に、新たな恐怖も生み出すのである」(押井守)。

より客観的かつクール、ユーモアも交えられた『ゾンビ』(良くない邦題と思うが)と比べれば洗練されていないとは言えるが、大きな問題にはならないと思う。『ゾンビ』との対比で言えば、『ゾンビ』での主人公の女性は、主体的に行動し、銃器とヘリの扱いを学び、ショッピングモールから脱出する(対して、偽りの富に溺れた男はリビングデッドの群れに飲み込まれる)。死んだように生きる生者と生きている死者が等価のものとして描かれる点は同様だが、女性の捉え方には決定的な違いがある。この点はジェンダー関係の運動の高まりとも無関係ではなかったのだろうと、今では思える。

オープニングの、墓地に向かう車を遠景で捉えた寒々しい不穏は文句なしにA級。で、墓地の入り口の看板がさりげなく映し出されるのだが、モノクロでわからないのだが、これがひどく汚れている。恐らくは錆びついているだけなのだろうが、何か血に塗れた歴史を感じ取ってしまったのだった。墓地での、バーバラの兄の冒涜的な台詞も印象深い。神なき時代の軽薄か。彼のキャラクターは『ゾンビ』のあの男と被るものがある。

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (0 人)投票はまだありません

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。