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[コメント] デ・ジャ・ヴュ(1987/スイス)

今まで私が見たシュミットの中では一番分かりやすい傑作だと思う。まずは、メチャクチャ綺麗なカラー撮影、美しい色遣いだ。冒頭はある遺体発掘に関するモノクロの記録映像で、あゝこれも『市民ケーン』だと思わせる。
ゑぎ

 モノクロフィルムを見ていた男は主人公のクリストフ−ミシェル・ヴォワタ。遺体は17世紀のスイスの政治家と云っていいのだろうか、イェナチュという人物で、原題のタイトルロールだ。

 レナート・ベルタの撮影の見どころで云うと、いくつかの乗り物のシーンをあげるべきと思う。まずは、冒頭近くに登場するケーブルカーの場面。こゝは濱口竜介の『ハッピーアワー』を想起した(勿論、製作順と見た順番が逆なのだが)。2つ目は「氷河特急」と呼ばれる列車のシーン。これが確か3往復ぐらい使われるのだが、クリストフが最初に城へ向かう場面の窓外の処理に唸る。窓外の景色はスクリーンプロセスだろうか。にわかに判別できない美しさだ。あるいは、クリストフとそのパートナーであるニナ−クリスティーヌ・ボワッソンとが一緒に乗って、城から帰る際の食堂車の場面も溜息が出るくらい美しい。

 また、乗り物以外でも、本作は実に豊かな美術装置の映画だ。城と塔。クリストフが立ち寄るカフェやパブ。城のシーンで出て来る、城主役のラウラ・ベッティがいい雰囲気なのと(その得体の知れなさがいい)、パブなどに(列車内でも)度々軍人が登場することも指摘しておきたい。小道具だと、イェナチュにまつわる真鍮の鈴と斧。そして仮面。これらの道具立てが、終盤の仮装パーティーで収斂する見せ方がもう圧倒的だが、序盤のニナの登場シーンで、彼女がなぜか日本の能面(女面)を意識したメイクをしているというのも、この終盤に繋がる仕掛けだろう。

 さて、最初に書いた通り、本作は『市民ケーン』のようにイェナチュという人物の謎を解きほぐす映画だが、そのアプローチは『市民ケーン』と全然異り、主人公クリストフが17世紀の事件現場に紛れ込む、彼がその現場を目撃する、もっと云えば当事者になる、というかたちの見せ方を取る。これが邦題の表現を指しているのだが、もうお気づきの通り、日本で現在使われている「デジャヴ」とう言葉のニュアンスとはかなり違う。幻想かタイムスリップと云うべきだし、ぎりぎり「既視感」と捉えるとしたら、これが「前世の記憶」という前提が必要だろう。実は、劇中で「前世の記憶が見えるのは幸せ」と伝える謎の男も現れる。そう考えると、邦題はかなり婉曲したネタバレと云うべきだ。

 そして、17世紀の場面で出現するイェナチュ−ヴィットリオ・メッツォジョルノの憎々しい造型と、何よりも謎の美女−キャロル・ブーケが圧倒的な、神がかった、とでも云いたくなるような素晴らしさなのだ。城の中でクリストフがイェナチュと最初に一言会話する場面に戦慄し、キャロル・ブーケの視線、とりわけ、仮面の下から見つめ返す画面造型に打ち震える。

(評価:★4)

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