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[コメント] 浮き雲(1996/フィンランド)

本作もタイトルはラストシーンで体現される。しかし、(勿論、という言葉を付加したくなるが)空も雲も画面に映ることはない。成瀬の映画と同じで、タイトルは本作の内容、というか登場人物たちの人生をイメージさせる、と云ってもいいものだろう。
ゑぎ

 カウリスマキらしく、プロットは不幸の数珠繋ぎ。詳述はしないが、主人公のイロナ−カティ・オウティネンと夫ラウリ−カリ・ヴァーナネンの流転の境遇が描かれる。いつものようにチャイコフスキーの「悲愴」が何度もかかるし、確かに一般的に云って、悲惨な状況に追い込まれる部分もあるが、しかし、矢張り、いつものようにどこか、飄々とした軽さのある描写であり、過度に悲哀を感じさせないところもカウリスマキらしさだ。

 それには、画面作りの特徴も大いに寄与しているだろう。いつも以上に、とてもかっちりした確固たる作りと感じさせるのだ。例えばそれは、ピアノの絃にクレジットが入り、ナット・キング・コールみたいな声の男性が弾きながら唄う、冒頭のレストランのシーンから感じられるだろう。緑色の夜の路面電車とフロントガラス越しの2人を撮ったショットの美しさ。あるいは、要所での正面に近いバストショットの切り返しの挿入や、主要人物であるイロナとラウル、及びイロナの店のオーナー−エリナ・サロへの特別なドリー寄りのショットなどでも演出の計算を感じさせる。

 また、全編に亘る、ルック、色遣いの統一においてもだ。特に緑色の色遣いは多くの画面で指摘できる。上にあげた路面電車。ラウリの乗る自動車。家の壁や家具。公衆電話ボックスの枠の色、緑色に近い生地の服装をしている人物は多数出て来るし、最初に部屋にあったソニーのテレビ(黒いトリニトロン)は、中盤で緑のテレビに代わっている。そんな中で、イロナ−オウティネンの赤い(えんじ色の)コート姿が際立って映るのだ。

 また、本作のオウティネンは、私が見た中で、一番美しく撮られていると感じた。それは登場シーンからすぐに感じられたが、本作のキャラクターの内省的な美しさが、硬質な顔演技のみならず、体全体で表現されているからだろう。墓参のシーンなんかもいいが、緑色の公衆電話ボックスで、電話をかける彼女のショット(後景の右上に立派な聖堂が映っているショット)が、ちょっとカウリスマキらしくない、ダイナミックな構図になっていて、目に留まった。あと、犬の扱いは、カウリスマキらしい。意味不明だが、アイロン台に乗っていたり、テーブルの上に乗っていたりする(多分主人公が乗せたのだと思われるが、それは省略されている)のがいい。

(評価:★4)

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